投資をしていれば、 必ず一度は経験します。
朝起きて、 スマートフォンを開いて、 口座残高を確認する。
そこに表示された数字を見て、 一瞬、 何が起きているのか理解できない。
資産が、一日で数百万円消えている。
今回は、 私が実際に経験した大きな暴落の話をします。
あの日、何を感じたか。 どんな行動を取ったか。 そしてその経験が、 投資観をどう変えたか。
正直に書きます。
暴落当日の朝
その日は、 何も予兆がありませんでした。
前日の相場は普通に終わっていた。 特別なニュースがあったわけでもない。 何となくいつも通りの朝でした。
起きてすぐにスマートフォンを確認するのが 習慣になっていた頃の話です。
ニュースアプリを開くと、 見慣れない見出しが並んでいました。
「世界同時株安」 「歴史的な暴落」 「リスクオフ加速」
嫌な予感がしながら、 証券口座のアプリを開きました。
前日の残高と、 今日の残高を見比べました。
差額が、数百万円のマイナスでした。
その数字を見た瞬間の感覚は、 今でも鮮明に覚えています。
体が、 一瞬冷たくなりました。
画面を閉じて、 もう一度開きました。
数字は変わっていませんでした。
その日、一日何を考えていたか
暴落当日は、 仕事になりませんでした。
頭の中で、 ひたすら同じことをぐるぐると考えていました。
「これはどこまで続くのか」
暴落は今日で終わるのか。 明日も続くのか。 来週も続くのか。
もし来週も同じペースで下がったら、 資産はどうなるのか。
「今すぐ売るべきか」
今売れば、 これ以上の損失は出ない。
でも今売ったら、 数百万円の含み損が確定する。
それだけの損失を一度に受け入れられるか。
「なぜもっと現金を持っていなかったのか」
もっと早く利益確定しておけばよかった。
なぜあの時売らなかったのか。
自分の判断は間違いだったのか。
こうした思考が、 仕事中も、昼食中も、 ずっと頭から離れませんでした。
夜、家に帰ってから 改めて口座を確認しました。
一日の下落幅が確定していました。
数字を見て、 しばらく動けませんでした。
翌日、さらに下落が続いた
暴落は一日では終わりませんでした。
翌日も、 市場は大きく下落しました。
この時点で、 累計の含み損は さらに膨らんでいました。
SNSを見ると、
「底が見えない」
「このまま半分になる」
「今すぐ全売りすべき」
という声があふれていました。
ニュースは連日、 暴落の深刻さを伝えていました。
エコノミストや専門家たちが、 悲観的な見通しを次々と発表していました。
その環境の中で、 私は何度も売り注文を 入力しかけました。
売らなかった理由
結論から言うと、 私はあの暴落で売りませんでした。
売らなかった理由は、 勇気があったからではありません。
売った後のことが、想像できなかったからです。
売ったとして、 その後どうするのか。
現金を持って、 次に何をするのか。
相場が落ち着いたら また買い戻すのか。
でも、 いつ落ち着くか誰にも分からない。
落ち着いたと思って買い戻したら、 また下がるかもしれない。
結局、 売っても解決策がなかった。
もう一つの理由は、 生活が壊れていなかったからです。
含み損は大きかった。 精神的なダメージは大きかった。
しかし、 明日の食費に困ることはなかった。
家賃が払えなくなることはなかった。
生活と投資資金が 完全に分離されていたことが、 最後の砦になりました。
暴落が続いた数週間
暴落は数日で終わりませんでした。
数週間にわたって、 相場は不安定な状態が続きました。
この期間は、 精神的に非常に消耗しました。
毎朝口座を確認するのが怖かった。
ニュースを見るたびに不安になった。
誰かに話を聞いてもらいたいけど、 投資をしていない友人には 理解してもらえない感覚があった。
孤独でした。
この時期に、 投資をやめようと本気で思いました。
こんな思いをしてまで 投資を続ける意味があるのか。
普通に働いて、 普通に貯金した方が 精神的に楽ではないか。
何度そう思ったか分かりません。
転換点:視点が変わった瞬間
暴落が始まってから 約3週間が経った頃、 考え方が変わる瞬間がありました。
あるとき、 ふと過去のチャートを 長期で見てみました。
過去の暴落の記録です。
リーマンショック。
コロナショック。
様々な暴落が、 長期チャートの中に刻まれていました。
そしてその全てが、 回復していました。
暴落の最中にいると、 永遠に下がり続けるように感じます。
しかし長期チャートで見ると、 すべての暴落は 通過点に過ぎませんでした。
その視点を持った瞬間、 少し呼吸が楽になりました。
今自分が経験しているこの暴落も、 10年後のチャートに刻まれる 一つの通過点かもしれない。
そう思えるようになりました。
暴落後に変えたこと
暴落を経験した後、 投資の設計をいくつか見直しました。
① 口座の確認頻度を減らした
毎朝確認していた習慣をやめました。
週1回の確認にしました。
これだけで、 精神的な消耗が大きく減りました。
暴落中に毎日確認することは、 傷口を毎日確認するようなものです。
百害あって一利なし。
② 投資額の上限を再設定した
今回の暴落で、 自分の感情的な許容範囲が分かりました。
数百万円の含み損に対して、 ギリギリ耐えられたが非常に苦しかった。
これは、 投資額がやや大きすぎたサインでした。
精神的に余裕を持って耐えられる金額に 調整しました。
③ SNSの投資情報を見るのをやめた
暴落中にSNSを見ることで、 不安が増幅されるだけでした。
「もっと下がる」 「終わりだ」
こうした声は、 判断の助けに一切なりませんでした。
暴落中こそ、 外部の情報を遮断することが正解でした。
④ 現金比率を少し上げた
暴落時に追加で買えるだけの 現金を常に持っておく設計にしました。
暴落は怖い出来事ではなく、 準備さえできていれば、チャンスになる。
そう捉えられるようになったのは、 一度経験して乗り越えたからです。
暴落を経験して変わった投資観
あの暴落を経験する前と後で、 投資への見方が根本から変わりました。
変わる前:暴落は避けるべきリスク
暴落が来たら終わり。
暴落が来ないように、 タイミングを計ることが重要。
変わった後:暴落は設計で乗り越えるもの
暴落は必ず来る。
来ることを前提に設計する。
設計が整っていれば、 暴落は通過点に過ぎない。
この視点の変化が、 その後の資産形成を 大きく安定させました。
暴落を恐れるのではなく、 暴落が来ても壊れない設計を作ること。
これが、 長期投資家としての本質的な課題だと 気づきました。
暴落は「怖いもの」ではなく「確認作業」
今振り返ると、 あの暴落は 私の投資設計を 試す機会でした。
生活資金と投資資金が分離できているか。
感情的な許容範囲内の金額で投資できているか。
前提が変わらない限り売らないルールを守れるか。
これらが試された。
そして、 ギリギリではありましたが、 設計は壊れませんでした。
もし設計が壊れていたら、 あの暴落で退場していた可能性があります。
退場していたら、 その後の回復を享受できなかった。
暴落で退場した人と、 乗り越えた人の差は 才能ではありません。
設計の差です。
まとめ:暴落は終わる。退場は終わらない
暴落は、 必ず終わります。
歴史が証明しています。
しかし、 退場は簡単には終わりません。
精神的なダメージが残り、 市場に戻れなくなる人は多い。
暴落を乗り越えるために必要なのは、
生活と投資の完全分離
感情的な許容範囲内の投資額
前提が変わらない限り売らないルール
外部情報の遮断
この4つだけです。
勇気も、 度胸も、 特別な知識も必要ありません。
設計が整っていれば、 暴落は通過点になります。
このサイト「常勝投資思考」では、 綺麗な成功談だけでなく、 暴落という苦しい経験も含めてリアルに発信していきます。


コメント